負の歴史から目をそむけない

朝の涼しさとは裏腹に、9時ぐらいには、エアコンを入れないと、じっとりと汗ばむところとなりました。庭の花々は、ときおりの雨に、よみがえるように元気を取り戻しております。

本日は、世俗的なテーマで、申し訳ありません。朝鮮戦争の話です。

負の歴史から目をそむけない

森達也(もりたつや)

あなたは「済州島4・3事件」と聞いて、何のことかすぐにわかるだろうか。決めつけて申し訳ないけれど、あの事件のことか、とすぐにわかる人は、決して多くないと思う。

戦争が終わった1945年、日本が植民地支配していた朝鮮半島は、アメリカとソ連によって南北に分割占領された。その2年後、1948年4月3日に、在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮の済州島で、南北統一を訴える市民デモに対して警察・軍・警備隊・李承晩御支持者などが発砲し、6人が殺害された。これが一連の事件の発端である。

済州島の左翼勢力を警戒したアメリカ軍政庁は、警察官と右翼団体を済州島に送り込むことを李承晩政権に指示し、そこに軍隊も加わり、左派勢力の武装蜂起に端を発した「済州島4・3事件」が勃発した。

虐殺は1954年9月21日まで7年間に及び、軍や警察の銃口は政治的な運動に何の関わりもない一般市民にも向けられ、済州島の村は70%以上が焼き尽くされ、殺害された人の数は3万人から8万人と推定され、島の人口は数分の一に激減した。

恐怖にかられて島を脱出した人たちの多くは、距離的に近い日本を目指した。だから今も在日韓国・朝鮮人の多くは、済州島にルーツを置く人が多い。

統制された当時のメディアは事実を伝えることができず、事件は共産主義者の暴動とされて遺族や関係者は沈黙し、やはり軍隊が自国民を殺害した光州事件、保導連盟事件と並んで、4・3事件は韓国ではずっとタブーとされてきた。

しかし金大中政権のもとで2000年に4・3真相究明特別法が制定され、03年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が済州島民に公式に謝罪し、12年には済州島4・3事件を正面からとらえた映画「チスル」が公開された。

文 在寅(ムン・ジェイン)大統領は18年4月3日の追悼式に出席して「国家権力が民衆に加えた暴力の真実をきちんと明らかにし、犠牲となった方たちの名誉を回復します」と宣言した。また「未だに4.3の真実を無視する人々がいます。未だに古い理念の屈折した目で4.3を眺める人々がいます。未だに韓国の古い理念が作り出した憎悪と敵対の言葉があふれています。もう私たちは痛みの歴史を直視できなければなりません。不幸な歴史を直視することは国と国の間でだけ必要なことではありません。私たち自らも4.3を直視できなければなりません。古い理念の枠に考えをとじこめることから逃れなければなりません。」「恒久的な平和と人権に向かう4.3の熱望は決して眠ることはないでしょう。それは大統領である私に与えられた歴史的な資格でもあります。今日の追念式が4.3の英霊たちと犠牲者たちに慰安となり、わが国民たちにとっては新しい歴史の出発点になることを願います。」と強調した。

事件から71年目となる2019年3月4日、軍と警察が初めて公式に謝罪の意を表明した。

08年にオープンした「済州4・3平和公園」を訪ねたのは数年前。数えきれないほどの墓石が並ぶ墓地に行った。いくつかの惨劇の現場を歩いた。自分たちは負の歴史とどのように対峙すべきか。少なくとも目をそむけるべきではない。そんなことを考えた。

この6月20日、日暮里(東京都荒川区)で行われた「済州島4・3抗争74周年追悼講演とコンサートの集い」に僕は招待された。300人ほどの観客の多くは在日朝鮮・韓国人たちだが、日本人もかなりいた。ステージで挨拶を求められて、都合の悪い歴史を知るために映画を作ります、と僕は発言した。でもこの映画は大手映画会社や企業からの協力を得ることはできません。だからご支援よろしくお願いします。挨拶を終えてから、クラファンに協力するよと多くの人から声をかけられた。二部は在日二世シンガーであるパクポーのライブ。多くの人が踊りだした。そんな光景を眺めながら、前に進むために負の歴史から目をそむけるべきではない、改めてそう実感した。
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本文章は、生活と自治 2022年8月号 連載 停止しない思考 62 「『共生』の営みが危機にさらされる時代に、思考を停止しないことにこそ希望はある」から抜粋しました
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著者:
森 達也(もりたつや)は、日本のドキュメンタリーディレクター、テレビ・ドキュメンタリー・ディレクター、ノンフィクション作家。明治大学特任教授。
生年月日: 1956年5月10日 (年齢 66歳)
出生地: 広島県 呉市
職業: ドキュメンタリー作家、ノンフィクション作家
配偶者: 山崎広子(ライター)

(了)