新・戦争論 インテリジェンスの磨き方 池上彰・佐藤優(いけがみあきら・さとうまさる)著 文春新書
文芸春秋社が日本を代表する論客、池上 彰氏と佐藤 優氏の対談を文春新書で発行しました。(2014年(平成26年)11月20日)第1冊発行で、その後、同年11月25日に第6冊まで刊行。
この お二人のご紹介をいたしますと、池上氏は1950年長野県生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターを歴任し、2005年に退職。2012年より東京工業大学教授。著書に「伝える力」「世界を変えた10冊の本」「池上彰のニュースから世界が見える」など多数。
もう一人の佐藤氏は、1960年東京生まれ。作家・元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科終了。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』『交渉術』『私のマルクス』『読書の技法』『同志社大学神学部』『人間の叡智』『人に強くなる極意』『サバイバル宗教論』『宗教改革の物語』など多数。
なぜこの小誌が新・戦争論と名付けられ出版されたのか、その理由を池上 彰は「はじめに」で 手短に語っています。
「はじめに」
佐藤 優氏は化け物のような存在だとつくづく思います。毎月コンスタントに複数の書籍を出版し、月間の連載締め切りが70本に及ぶというのですから。
書斎に籠ってひたすら原稿を書き続けていれば、それも可能かもしれませんが、それでは新しい情報が入ってきません。佐藤氏の場合は、海外はもちろん、日本各地からも最新の情報が入ってきます。それを佐藤流に料理して、インテリジェンスに役立つものに仕立て上げています。私たちは、それを読むことができるのです。
ウクライナの内戦や停戦、「イスラム国」の擡頭など、このところの世界情勢の急変は、動きを追いかけていくだけでも大変です。しかし、こういうとき、表面的に事実関係を辿っていても、ことの本質には迫れません。その地域には、どんな歴史があるのか、民族や宗教の分布はどうなっているのか、背景や深層を知ることで、初めて真相に近づくことができます。
佐藤氏の場合は、ロシアの専門家ということもあり、ロシア正教や周辺諸国の正教の特徴、信者の発想など、日本にいては窺い知れない視点を提供してくれます。プーチン大統領やその周辺の政治エリートの発想についての解説は、実に興味深いものです。
中東のイラク、シリアで急成長する「イスラム国」についても、通常とは違った見方を披露します。イスラエルの見方や、イスラエルから見たイランの実像など、複雑に絡んだ糸が、少しずつ解けていきます。
ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終わった時、私たちは、「これで新しい世界がやってくる」と期待しました。確かに東西冷戦に代わる「新しい世界」がやってきました。しかしそれは、チェチェン紛争であり、湾岸戦争であり、旧ユーゴスラビアの内戦であり、アメリカ同時多発テロでであり、アフガニスタン、イラク両国への米軍の攻撃であり……と期待とは似ても似つかないグロテスクな「戦争の世紀」になってしまったかのようにも見えます。
この世紀をどう読み解くか。それが本書の主題です。そこで題名を『新・戦争論』としました。元祖『戦争論』といえば、かのカール・フォン・クラウゼヴィッツが著した書物です。その古典的価値にはかないませんが、現代の国際情勢を見るヒントにはなると思っています。
対談のテーマは多岐にわたり、北朝鮮やアメリカについても話題は尽きませんでした。
佐藤氏との対談は、そのたびに私に新たな気づきを与えてくれます。それは、この書を手に取った読者も共感してくださるのではないでしょうか。
対談が終わり、内容がゲラとなった段階で、日本でも「イスラム国」への入国を図ろうとした大学生が見つかりました。平和な国から、なぜわざわざ戦争地域に出かけるのか。これは、日本に限らず、先進主要各国共通の疑問・悩みでもあります。
人生の意味が見いだせない。そんな悩みを抱えた若者たちの中には、生きるか死ぬかの修羅場に身を置いて、「生きる意味」を知りたいと考える連中が出現するのです。
この原稿を、私はカンボジアで書いています。カンボジアは、かつてポル・ポト政権時代、100万人とも300万人とも言われぬ多数の国民が虐殺されました。カンボジアの人たちは穏やかで、その表情は「クメールの微笑」と呼ばれるほどでしたが、一瞬にして国土は「キリングフィールド」(殺戮の地)になったのです。
いまでも各地で処刑され埋められた人たちの遺骨が出てきます。人は、なぜ人を殺すのか。それも、敵国の人間ではなく同胞を。
この問いに、安易な答えはありません。しかし、世界は一瞬にして平和な地から修羅場に変わってしまうのだ、ということを、私たちは警戒しておく必要があります。それは、旧ユーゴ内戦でもイラクの内戦でも、仲の良かった隣人たちが殺し合うようになった歴史が示しています。
東アジアの不安定な情勢の中で、日本は歴史から何を教訓として汲み取るべきなのでしょうか。この対談が、少しでもヒントになれば幸いです。
2014年10月
ジャーナリスト 池上 彰
新・戦争論 目次
序章 日本は世界とズレている
外からは奇妙に見える日本 16
有名無実の「集団的自衛権」 17
安倍総理の「心」を見よ 19
自民党も朝日新聞も信者 22
慰安婦問題の本質とは? 25
第1章 地球は危険に満ちている 27
クラウゼヴィッツ『戦争論』は古くない 28
イスラエルの無人機は”暗殺者” 31
「イスラム国」は4割が外国人兵士 35
殺しが下手なアメリカー攻撃・暗殺・テロの有性 38
民間会社が行う新しい戦争 41
エボラ出血熱の背後に人口爆発あり 45
第2章 まず民族と宗教を勉強しよう 49
毛沢東の予言 50
「中華民族」は存在するのか 52
ダライ・ラマと5回あった 54
「宗教は毒だ」と毛沢東はダライ・ラマに囁いた 58
中国政府vsヴァチカン 62
クリスチャンだった金日成 64
フランスは完全世俗国家 68
今、世界は拝金経 71
「イスラム国」の正体は? 73
破綻国家とビル・ゲイツ 76
慰安婦問題はアメリカが深刻 79
「遠隔地ナショナリズム」が世界を覆う 82
第3章 歴史で読み解く欧州の国 85
エネルギーが世界を動かす 86
ウクライナの内部断絶 88
肉屋に人肉が吊るされていた 92
ナチスに協力したガリツィア 94
クリミアのロシア人とウクライナ人は仲がいい 96
避暑地とソ連のセックス事情 98
ウクライナの意味は「田舎」 101
底辺労働者としてのウクライナ人 103
スコットランド独立騒動の真相 104
イギリスは「民族」にもとづかない国家 109
EUの首都ベルギーが危ない 110
ヨーロッパが再び火薬庫に 113
第4章 「イスラム国」で中東大混乱 115
アラブの春の後の無惨 116
シリアのキーポイントはアラウィ派 118
ムスリム同胞団を皆殺しにしたアサド父 120
オバマ大統領の失敗 122
「イスラム国」の横取り戦略 124
アメリカとイランの接近の理由は? 126
湾岸の黒幕、サウジアラビア 129
一夫多妻と「時間結婚」 133
スンニ派で一番過激な派は? 135
白人は皆、若くて強い!? 139
十二イマーム派とハルマゲドン 142
嘘つきシーア派 145
アサド政権を支持するイスラエル 149
モサド長官の交渉力 151
第5章 日本人が気づかない朝鮮問題 155
アメリカは日朝交渉をつぶしたい。 156
期待値上げオペレーション 157
北朝鮮のミサイルは、日本への求愛行動 160
金正日と金正恩の違い 162
張成沢はなぜ処刑されたか? 167
中国人に怒る平壌の人々 170
日本のカネが頼りの北朝鮮 173
「日本人問題の最終解決」の怖さ 175
「日本人大量帰還」は北朝鮮のカード 178
日本vs.朝鮮、一対一の戦争はなかった 180
中・朝「歴史戦争」が始まる 182
第6章 中国から尖閣を守る方法 187
中国の思惑通りに進む尖閣問題 188
中国の空母は怖くない 193
毛沢東化する習近平 195
ネットと世論は同じか? 199
トルコと回族がつながるウイグル問題 201
民族主義か?イスラム主義か? 204
中国にとって尖閣よりウイグルこそ重要 206
第7章 弱いオバマと分裂するアメリカ 209
教養が邪魔するオバマ 210
「白人」だけの民主主義 213
アメリカの宗教事情 218
大統領候補はヒラリー? 220
第8章 池上・佐藤流情報術5カ条 223
息が詰まる日本のネット空間 224
軽軍備ならインテリジェンスを 226
公開情報だけで世界はわかる 227
情報は「信頼できる人」から 229
重要記事は即、破る 231
情報は母国語でとれ 233
スケジュールからメモまで「一冊の大学ノート」で 235
終章 なぜ戦争論が必要か 241
新帝国主義と過去の栄光 242
嫌な時代 248
新帝国主義と過去の栄光;この本の総括
佐藤:私が数年前から「新帝国主義」というようになった理由は、一つにはフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』のような、自由民主主義が到達点に達し、歴史が終焉し、退屈な時代になったという考え方は間違っているということ。それから、グルジア情勢が悪化したときに「新冷戦」と言われたけれども、それも間違いだということ。それを言うためです。
冷戦の一番の特徴は、イデオロギー対立でした。ところが、グルジア情勢をめぐるグルジア、ロシア、アメリカの対立には、イデオロギーの対立はどこにもない。典型的な領土争いであって、旧来型の帝国主義の対立です。では、そこになぜ「新」がつくのか。
一つは、帝国主義の特徴は、全面戦争をすることでしたが、そうせずに局地戦にとどめている。おそらく制約要因は核兵器です。帝国主義国が核兵器を持っているから。
もう一つは、植民地を獲得しようとしないこと。第二次大戦後の経験で、植民地の経営にかかるコストが認識されたからです。植民地をもたず、全面戦争もしないけれども、帝国主義だから、「新帝国主義」だということです。新帝国主義の特徴は、ホブソンとレーニンの帝国主義論の延長にあって、要するに資本の過剰がその背景にある。お金が儲かるような投資対象が国内にないから、金融を中心として外に投資して儲けようとする。
外交面においては、ニュートン的な力学モデルです。すなわち力による均衡。新帝国主義国は、相手国の立場を考えずに自国の立場を最大限に主張する。相手国が怯み、国際社会が沈黙するなら、そのまま権益を強化していく。他方、相手国が必死に抵抗し、国際社会も「やり過ぎだ」という場合には譲歩する。それは心を入れ替えたからではなく、譲歩をした方が結果として、自己の利益を極大化できるという判断によるものです。
これは、非常に古典的な力学モデルで、ある意味では、新自由主義的、新古典派的な市場モデルと似ています。強いて言うと、動学的均衡モデルに似ている国際関係です。そういうことを強調したいので、「新帝国主義」という言葉を打ち出したわけなのです。
佐藤:私は、これまで「20世紀はソ連が崩壊した1991年に終わった」という見方をしていましたが、最近、これは間違いだったと思い始めています。20世紀は、まだ続いているのかもしれない。戦争と極端な民族対立の時代が、当面続いていくのかもしれない、と。その意味で、本書は『新・戦争論』なのです。