急いでも急がなくても秋の風

一億人のための辞世の句  坪内稔典(つぼうち としのり)蝸牛社(かぎゅうしゃ)1998年4月1日

あとがき
本書は、先に編纂された「辞世の句」の第2集である。第1集は好評だった。多くの新聞、雑誌に取り上げられ、テレビ(NHK土曜特集)やラジオでも話題になりました。好評だった大きな理由は、辞世がとても明るくおおらか、しかもユーモラスでさえある、ということにあった。暗いニュースの多い今日の時世において、なんと、辞世句は、安らぎや信頼感のようなものを読者に与えたらしい。
    この第2集では、十四歳から九十一歳までの350の辞世句を五つに区切って並べ、投稿者の年代ごとに区切ってみた。そのようにしたことで、年代ごとの死生観の特色や違い、年代の違いを超えた共通性などがはっきりとすると考えたからである。本日ここに掲載するのは、八十代以降の投稿者の作品です。九十歳の投稿者白井麦生さんの辞世句「人はみな死なねばならぬ今日の月」を代表として挙げてみました。中秋の名月を見上げて、「人はみな死なねばならぬ。それが人の運命というものだ」と考えている九十歳の白井さんはかなり格好が良い。素敵だ。もし、八十代になることがあるとしたら、白井さんのように「かわいい」句を作ってみたい。あるいは、頑固で意地悪で偏屈で、でもなんとなく清潔な老人になりたい。

生き死には同じことよと桜ちる
生かされて三万日や春の夢
天寿あるかぎり輝け花石榴
終着駅どこで降りよかとまどえり
清貧に生きて悔いなし石蕗の花
遺書代わり役立てと綴る花ことば集
咲いて散る花のドラマの短か過ぎ
散り方に遅速はあれどみんな散る
終着駅どこで降りよかとまどえり
年旧りて取得ないまま逝く秋よ
この道はみんな行く道秋の暮
墓標さえ風にまかせて朽ちてゆく
八十路超えふりむき見れば花野かな